裁判例から学ぶー無断で会社に来なくなった従業員での対応
平成29年3月
ここしばらく労働関係の裁判について書き込みをしていなかったので、久しぶりに裁判関連のニュースにふれたい。今回は1月末に行なわれた女性従業員の退職に掛かる裁判についてふれ、会社としてどのように対応すべきか整理してまいりたい。
1.事案詳細
建設事業に勤める女性従業員が妊娠をしたことで、会社側が同じ業務を続けるのは困難であると判断し、関連会社にへの異動を命じていたことがきっかけであった。女性従業員に対する配慮から負担の軽い業務への異動をさせたと想像できるが、当の女性従業員は異動先が通勤には不便で通うことが出来ないとして、異動を拒否し、数日勤務の後には異動先には出勤していなかったとのこと。
出勤しなかったこの状況をもって、会社側はこの女性従業員が退職したものと考え、退職の手続きをとったところ、4ヶ月ほど経過した時点で女性従業員が「自分は退職していない」と主張したことから今回の裁判に発展した。いわゆる「退職の有効性」を争ったもの。
女性従業員は4ヶ月程度出社していなかったものの、退職届を提出したことはなく、関連会社への転勤は拒否したが、退職する意思はなかったとしている。
2.判決内容
判決は、ある意味当然といえば当然だが、当該退職を無効とするものとなり、結果としては未払い賃金と慰謝料を合わせて250万円の支払いが命じられた。裁判長は『当該退職が労働者の自由な意志に基づいたものではない』としたことに加え、『妊娠中の退職は労働者が合意したかどうかについて特に慎重に判断する必要がある』とも説明した。(「妊娠中の退職は特に慎重に」という発言には実に興味深いものがあり、近日中の別機会に妊娠中の不利益について解説したい。)
3.今回のケースは勝手に会社に来なくなったのか??
今回は、「退職届すら出ていない」状況で、会社側が本人に充分な確認をせずに「退職」として処理してしまったことになります。その観点では、退職が無効になるのは「当然」という考え方も出来る。その一方で、会社の考えていることもある程度理解できる。今回の事案で、会社側と女性労働者の間でどのようなやり取りがあったかは不明のため、踏み込んだコメントは出来ない。もし、労働者が異動を拒否したまま、会社に来なくなってしまったというのが状況だったとすれば、実は、こうして労働者が「勝手に」来なくなる状況はそれほど珍しくないといえます。本件でこの女性労働者が「勝手に会社に来なかった」かどうかは不明ですが、こうした事例に対して適切に対応する必要があります。
4.会社はどうすればよいのか
原因が何であれ、従業員が理由がなく出勤していない状況があれば、会社はその状況を確認して、然るべき対応をしなければなりません。そうしないと、今回と同様の問題が発生します。仮に、異動命令等の人事権を発動しているにもかかわらず、それに従わず、「単に」欠勤している場合、本来は懲戒処分に処するべき行動ともいえます。逆に、従業員に出勤しないことに対する「相応の理由」があるのであれば、使用者として然るべき対応をしなければ、今度は安全配慮義務の問題が出てきます。また、「退職する」といった発言をして会社に来なくなった場合でも正式な「退職の意思表示」がなければ、後に『言った言わない』の議論に発展し、トラブルになるリスクがありますので、書面による退職届の提出を丁寧に求めるなど、会社は充分な注意をし尽くしたといえるまで対応することが望まれます。
今回のようなケースでは「産前産後休業」との兼ね合いもあり、使用者としてはより「踏み込んだ対応」が求められていたといえます。
具体的な対応としては、まずは本人と適切な連絡を取り、意思確認すべきといえます。連絡を取ろうとしても本人と連絡が取れない場合は「無断欠勤」としての処分を考えるべきでしょう。何もしない場合は、その「無断欠勤」を会社が容認していることに他なりません。また、実際に連絡が取れる場合には、 出勤しない理由を確認し、本人が退職したいのかか、休職したいのかといった本人の意思をしっかり確認し、その記録を残すことです。そして、同時に、必要な届出を会社に対して行なうよう指導することが求められます。
会社の人事部門としては、「『勝手に会社に来なくなった人』の面倒まで見てられない。」という気持ちにはなるでしょうが、丁寧に対応することが非常に重要になります。本人の意思確認は当然ですが、本人の行動に問題がある場合には懲戒処分をするなど、しっかりとした対応を取ることがが重要になります。
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