働き方改革を掘り下げるー④ 法改正による時間外労働の上限規制の導入
平成30年7月
『働き方改革』を掘り下げる。個別の対応策の掘り下げシリーズの今回は第4弾です。
今回は4つ目の具体的対応策である『法改正による時間外労働の上限規制の導入』を取り上げます。
この時間外労働の上限規制については働き方改革の最重要テーマのひとつとして長らく議論が重ねられてきましたが、平成30年6月29日に成立した働き方改革関連法案で具体的に取り上げられています。
従って、ここでは、その法改正の内容、どのような影響があるのか、何をしなければならないのかという点に照準を当てて解説します。
現行制度の問題点
現在の労働基準法(以下、「労基法」といいます)では、労働時間に関する法律上の定めがありますが、この法律には幾つかの問題点があるとされています。それは、「法律の建付け上の問題点」と「法律の実効性上の問題点」の大きく2つに分けられるといえます。ここではまず、現在の法律の流れを説明し、それぞれの問題点について簡単に触れます。
法定労働時間の概念
ご承知の通り、労基法では働かせることができる時間を法定労働時間として32条に1日8時間・1週40時間と具体的に定めています。変形労働時間制やみなし労働時間制といった例外的な扱いはありますが、ここで定めている法定労働時間を超えて働かせることは原則として違法になります。
こうした中でも一定の条件で法定時間外労働が認められ、その要件は労基法36条に定めています。36条では、労働者と使用者が時間外労働について協定すれば、協定で合意している範囲までの時間外労働をしても32条違反にはならないとしています。この協定を36(サブロク)協定と一般的には呼んでいます。36協定についてより詳細を知りたい方は以前の小職の書き込みをこちらからご覧下さい。
つまり、この36協定を締結しない限り、又は締結していても、そこで協定された時間外労働の上限時間を超えて労働させた場合には労働基準法32条違反となります。これが法定時間外労働の大原則です。
法律の建付け上の問題点
前述の通り、労基法36条には、「使用者が労働者と書面による協定をして行政官庁に届け出れば、その協定の範囲の中で時間外労働や休日労働をさせることができますよ」と定めているのですが、具体的な定めるべき項目や働ける上限については明記しておりません。36条の第2項では「厚生労働大臣が基準を定めることができる」とした上で、第3項で、「協定の当事者である使用者と労働者は協定の内容が厚生労働大臣が定めた基準に合致させるようにしなければならない」としています。
ここで言うところの厚生労働大臣の基準は『限度基準』といわれているものですが、この限度基準自体は法律ではありませんので、限度基準を守っていない場合の責任や罰則が実は明確にはありません。
つまり、労基法の36条では労使間での協定が必要だとしながら、協定の内容については労基法ではなく大臣告示でしか定めていないのです。
このように、協定の上限時間の具体的な基準(1箇月45時間・年間360時間)や特別条項の定めについては、法律ではなく、大臣告示で詳細が定められているのですが、このことによって、限度基準を守っていない内容の協定を結んだ場合、36条の3項には抵触しますが、その協定が直ちに無効かどうかの判断は難しいところです。
現実の問題としては、この限度基準に違反した協定を届けようとしても監督署から指導をされたり受付を拒否されたりしますので、違反するケースは少ないといえますが、限度基準に沿っていない内容の協定が即時無効かというと議論が分かれ整理が必要でした。
実態上の問題点
もう一つ重要なのは、限度基準の内容自体の問題です。以前より指摘されたこととですが、時間外労働の限度時間が事実上青天井になっている点です。
限度基準では法定労働時間を超えて労働させることのできる上限時間を具体的な数値で定めているのですが、ここでの上限時間は「通常の場合」に適用するものとして定めています。逆に言えば、『「特別の事情」が発生した場合については「通常の場合」の上限時間ではなく、「特別の場合」の上限時間を別途定めても良いですよ』としております。この「特別の場合」のルールを通常のルールとは別に定めるものが、『特別条項』といわれているものです。この特別条項をつけた協定を労使間で合意すれば、1年の半分までは「通常の場合」の上限時間ではなく「特別の場合」の上限時間が適用されるのです。
しかしながら、この『特別条項』の最大の問題は、特別条項で合意できる時間に上限がないということです。「通常の場合」については限度基準によって、例えば、1箇月であれば45時間・1年であれば360時間といった上限時間が決められています。これに対して、「特別の場合」には定めることができる上限の時間がありません。つまり、1年の半分までは労使間で合意さえできていれば、事実上上限がない状況で何時間働かせることも可能ということになります。
このことが過重労働の温床になっており、今般の法改正につながったといえます。
具体的な改正案
今回の法改正による重要なポイントは以下の3点といえます
限度基準の内容を労基法上に明記
今回の改正では、従来『限度基準』に定められていたことを労基法36条の条文そのものの中に具体的に記述しました。改正36条では以下の通り、第2項から第6項までの5つの項目が新設されました。
2項 労使協定で定めるべき具体的事項の明記
3項 限度時間の定め方について明記
4項 第3項の限度時間で合意できる上限を1箇月45時間、1年360時間と具体的に明記
(1年単位の変形労働時間の場合はそれぞれ42時間と320時間)
5項 従来の『特別条項』について具体的に明記
6項 新たな『運用ルール』の明記
特例(現「特別条項」)及びその特例適用時における限度時間の明記
36条5項に現行制度でいうところの『特別条項』を法律上明確にしました。『特別条項』という名称は用いていませんが「通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に必要な場合」として通常の限度時間を超えることが年に6回認められています。内容そのものは特別条項を指しているといえます。
ここで重要なのは、この特例を適用する場合にも、労働させることのできる時間が1箇月については法定時間外労働と休日労働をあわせて100時間未満、1年については法定時間外労働は720時間を超えることができないことが明記されている点といえます。
つまり、この改正により、まずは青天井の状態を解消したことが大きなポイントです。この100時間未満という時間を定めたことに賛否はありますが、個人的には大きな前進ととらえています。
運用上のルール
今回の法改正に伴のもう一つ重要なポイントは、『運用上のルール』という新たな概念が登場したことです。前記36条6項に定めた『運用上のルール』は、労使協定で合意している範囲であっても運用上のルールで時間外労働させられない場合があるということを明確にしています。
これまでも、坑内労働等の危険有害業務に関する時間外労働は協定に関わらず2時間が限度となっていました。このルールに加えて新たに以下の2つを運用上のルールとして定めています。
イ.月の時間外労働は休日労働とあわせて100時間を超えてはならないこと
ロ.対象月を含めた直前の2箇月~6箇月の法定時間外労働+法定休日労働の平均時間が80時間以下でなければならないこと
つまり、特例の場合には休日労働とあわせて100時間までの時間外労働を協定上は労使間で合意することができるが、実際には毎月100時間できるわけではないことが大変重要な点です。
新36条施行の時期と実務上の注意点
この『新ルール』は法が施行される平成31年4月1日から適用になります。(中小企業に限っては平成32年4月1日)です。
つまり約半年後には導入されるものです。さらに、36協定の締結期間によってはもっと早まる可能性があります。
例えばですが、毎年10月~翌年9月の1年間の時間外労働を繰り返し協定している事業所においては、今年の10月に締結する36協定が来年4月1日以降の期間も含んだものになりますので、この新ルールの対象となりますので充分な注意が必要です。
協定を結ぶ時期によっては、来年4月よりも前に対応が必要となります。
就業規則を始め会社のルール及び実際の運用方法を大幅に変更する必要があるので、全ての会社にとって大変重要なものです。充分な理解構築を目指しましょう。
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