コロナ対策 休業手当は支払わなければならないのか
令和2年5月
コロナウィルスに係る緊急事態宣言の延長が正式に発表された。延長されることは予想されていたが、延長後の事業主及び労働者に対する補償などのサポートについては明確な方針が示されない格好となった。
結果として、多くの方が先行きが見通せない不安感を抱いたのではないかと思う。特に、使用者にとっては「このままの状況はいつまで続くのか?長期戦になった場合に事業及び雇用をどうすればよいのか」という思いを強くしたのではないだろうか。
そこで、このコロナに関連する人事労務の課題で、特に注目度が高く、かつ、結論が出ていないテーマを3つシリーズで取り上げる。今回はその第一弾として、『休業手当は払わなければならないのか?』を掘り下げる。
お断り
あらかじめお断りするが、筆者は休業手当を払いたくないと思っている使用者がいるとは思っていない。使用者のほとんどは従業員を休業を望んでおらず、また、休業させた場合でも賃金を支払いたいと思っとていると理解する。本投稿は、休業手当の不払いを推奨するものでもないことはご理解いただきたい。
その上で、休業手当の性質、考え方を整理し、どのような場合に支払うべきかについて考えを整理する。
休業手当とは何か
法的根拠
まず、そもそもの休業手当とは何か、その根拠はどこにあるのかについて確認する。
休業手当とは労働基準法(以下、「労基法」)の26条に定められている通り、使用者が自分の都合で従業員を休業させる場合は、その休業させた期間に対して一定の手当を支払わなければならないというものである。まずはその労基法26条を以下確認する。
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。
ベースとなる考え方
この休業手当の根底にあるのは使用者と労働者の間で結ばれている労働契約にある。
労働者(従業員)は約束した労務を提供する代わりに、使用者は約束した賃金を支払う。これが労働契約である。労働者側が自分の都合で労務提供しなかった(欠勤した)場合、当然使用者には賃金支払いの義務は発生しない。その一方、使用者側が一方的に「来なくていいよ(労務の提供はいりませんよ)」と言っても、それに対しては一定の賃金の支払い義務が残るという考え方である。
これは、労働者側は労務を提供する準備をしている上、その賃金を受け取る前提で生活を設計しているためであり、使用者が一方的に約束を反故にすることは許されない。
こうした休業の場合、使用者が約束を破っているので、本来は賃金を全額支払うことが望ましいが、実際には労務提供はしていないことから、法律上では最低でも賃金の60%を支払うことを義務付けている。
どのような場合に休業手当の支払い義務が発生するのか
労基法26条に違反するとどうなるのか
さて、休業手当を支払わなければならないかどうかという本題に入る前に、支払わなかった場合にどうなるのかを整理する。想定できるパターンは2つ。
基本的なパターンとしては、労働基準監督署(以下、「労基署」)による是正勧告である。労基署は使用者への立ち入り検査などを行った結果、労基法の違反があったと判断した場合には是正勧告を行う。
仮に労基法26条違反があったと判断した場合には、使用者に対して休業手当の支払いをするように求め、これに従わない場合には書類送検されることもある。労基署により労基法違反として書類送検された場合でも、司法の場で争い、最終的な判断を待つこともできるが、労基署からの是正勧告はやはり避けたい。
もう一つは労働者が直接司法の場に訴える場合である。こちらもやはり司法の判断次第にはなる。
2つに共通していることは、どちらも最終的には司法の判断次第という部分ではある。問題となるのは、このようなコロナウィルス感染拡大防止に係る休業は前例がなく、司法判断がどうなるか読めないということである。その意味では、これまでの司法判断がどのような傾向にあるのか、また、労基署を始め行政がどのように考えているかを知ることでが重要になる。
使用者の責に帰すべき事由とは何か
ここでのキーワードは労基法の条文にもある『使用者の責に帰すべき事由』である。この『使用者の責に帰すべき事由』によって休業させた場合には休業手当の支払い義務は生じることとなる。
これまでの裁判例では、この『使用者の責に帰すべき事由』はかなり広範囲のものとされている。具体的には「企業の経営者として不可抗力を主張し得ないすべての場合」が『使用者の責に帰すべき事由』に該当し、資金難、資材入手難等もっぱら経営の面について起った事由は全て『使用者の責に帰すべき事由』に該当するとの判断が示されている。
簡単にいえば、単に「環境が悪い」程度のことは経営努力の範囲で何とかすべきであるため、『使用者の責に帰すべき事由』に含まれますよ。該当しないのは、本当にどうしようもない『不可抗力』による休業の場合のみですよ。ということになる。
不可抗力とは何か
では、コロナウィルスによる休業はこの『不可抗力』といえるのか?というポイントに移る。ここで参考にしたいのが厚生労働省の考えである。厚生労働省はこの点についてQ&Aで一定の見解を示している。
厚生労働省のQ&Aはここから確認いただきたい。なお、添付のリンクは5月3日時点のものであり、このQ&Aは随時更新されている点にご注意いただきたい。
このQ&Aで示されているが、使用者に帰すべき事由かどうかは前述の通り、『不可抗力』であるかどうかをポイントとしており、さらに不可抗力であるかどうかについて以下2つの要件を示している。
1つ目 原因が外部要因によるものか
2つ目 事業主が最大の注意を尽くしても避けることができないものかどうか
Q&Aでは、2つのうち1つ目の要件について、「新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく対応が取られる中で、営業を自粛するよう協力依頼や要請などを受けた場合」を具体的な例として挙げている。
つまり、この特措法による協力要請などは外部要因と考えることを示している。今後、緊急事態宣言が解除された後の扱いについては議論の余地はあるものの、緊急事態宣言の期間中に求められていた営業自粛などを行った場合には『外部要因』といえる可能性が高いということになる。そうなると2つ目の要件をどう考えるかが焦点であり、これについては使用者が努力をしなければならない点といえる。
使用者は何をしなければならないのか
これまで説明してきたとおりであるが、このコロナ対応による休業で休業手当の支払い義務が生じるかどうかは、使用者の『不可抗力』といえるかどうかがポイントということになる。
このコロナ対策での休業が外部要因によるものと認められる可能性がある点は説明したとおりだが、もう一つの要件に注目したい。ここでは使用者に対しては一定の努力(「休業回避努力」とでもいうべきか)を求めるということにある。
仮にコロナウィルス対策を行うこと自体は使用者に責任はないとしても、それでも使用者には出来ることがあるのではないか。その出来ることをしないで安易に休業という手段を選択している場合は『不可抗力』とは認められないと考えるのが妥当と思慮する。
具体的には、休業させずにテレワークなどの導入で対応する方法はなかったのか?ワークシェアリング等で各人のシフトを調整するなどの方法はなかったのか?配置転換などで休業させずに他の職務につかせることはできなかったのか?等、いわば使用者が休業回避の努力をしていたかどうかは大きな焦点になるといえる。
逆にいえば、そうした努力をせずに単に「コロナ対策の必要性から休業は仕方ない」といって休業させていた場合は労基法違反とされる可能性が高くなるということになる。
結論と今後取り上げるテーマ
今回は休業手当を支払う義務があるか、どのような場合に義務が生じるか、について取り上げた。残念ながら明確な回答は出せていないが、使用者が考えるべきポイントは整理できたと考える。冒頭では、コロナ対策に関連する注目度の高い人事労務の課題を取り上げるとしたが、残る2回では以下のテーマを取り上げる予定である。
② 雇用調整助成金は有効な手段なのか? 課題を検証する。
③ 雇用契約等を解除する場合の留意点は何か?(特に非正規雇用に焦点を絞る)
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