コロナ対策 雇用調整助成金の活用について
令和2年5月
コロナウィルスに係る緊急事態宣言の一部解除が先程安倍首相より発表された。一部で解除となったものの、解除後の対応がどうなるのか見通せない部分が多く、このコロナウィルスとの戦いは長期戦となることは間違いがない。
使用者・労働者、多くの方が先行きが見通せない不安感を抱いている状態での一部解除ではないかと思う。特に、使用者にとっては「今後どのような状況になるのか?長期戦になった場合に事業及び雇用をどうすればよいのか」という思いを持ったままではないだろうか。
人事労務におけるコロナに関連対策で、注目度が高いテーマを3つシリーズで取り上げることとしていたが、前回は「休業手当は支払わなければならないのか?」というテーマを取り上げた。
興味のある方はこちらをクリック。今回は注目が集まっている雇用調整助成金について取り上げる。
お断り
あらかじめお断りするが、筆者は雇用調整助成金自体に問題があるとは考えていない。この助成金自体は良い制度であるが、現在の新型コロナ感染拡大への対策として有効なのか、使用者はこの助成金の利用をどのように考えるべきかについて解説する。
雇用調整助成金とはどんな制度なのか
まず皆さんにご理解いただきたいことは、この雇用調整助成金は新型コロナウィルスによって影響を受ける使用者への支援策として作られたものではないということである。以前から一般的な環境における雇用維持目的のために存在する助成金であり、コロナ対策として活用することにはそれなりの難しさがある点にご留意頂く必要がある。。
従って、現在様々報道されている通り、今後の課題として、コロナウィルスに対応する多くの事業主への対策としての有効性を高めるためには、やはり制度の改正が必要であり、それがどのように実現するかが課題といえる。
雇用調整助成金の特徴
では、この雇用調整助成金がそもそもどのような助成金であるかを確認する。これから確認する内容には筆者の個人的な見解が含まれている点もご承知いただきたい。
厚生労働省が所管する助成金の多くがそうであるように、この助成金も各企業が支払う雇用保険料を財源としている制度である。経営状況が厳しくなった企業に対して、解雇せずに何とか従業員の雇用を維持しようとする行動を支援することを目的とした助成金である。その点では、新型コロナウィルスの影響を受けて苦しむ企業に適用することが間違いとはいえない。
ただ、説明の通り、各企業から拠出された雇用保険を財源としていることもあって、無駄遣いは許されない。無条件で助成金を支給したり、助成金を全面的にあされるのではなく、企業側にも一定の経営努力を求めることが前提となっている。従って、生産性要件など、「本当に厳しい状況なある」・「企業もちゃんと努力している」ことの証明など、受給できるための要求水準は高い。
つまり、雇用保険料を使っての助成である以上、一定の「ハードル」を設ける必要があり、そんなに簡単に受給できない仕組みにする必要性があるものといえる。これが、この助成金の元々の性質といえる。
コロナ休業において雇用調整助成金を使うことの限界
ここで説明するのことも、あくまでも筆者の個人的な意見である。
わが国では4月上旬に緊急事態宣言が出され、5月いっぱいの予定で現在もその期間が延長されている。
地域によっても多少の差異はあるが、外出の自粛要請やテレワークの推奨は緊急事態宣言以前の3月ごろから行われていることを考えると、自粛状態はかれこれ3か月ほどになろうとしている企業も多い。
この新型コロナウィルスの問題は、今年に入って急拡大したこともあって、事業主は対応策を取る間もなく突如この状況に至っていることを考えると、事業主はどうすることもできなかったといえる。そうした状況下では、多くの事業主を『広く遍く』支援する必要があり、かつ、政府首脳の言葉を借りれば『スピード感をもって』サポートすることが何より大事と考える。
そうした状況の中で、雇用調整助成金がその役割を果たしうるかというと、筆者は正直疑問に思う。
確かに、休業手当を支払って休ませる使用者に対する助成金といえばこの雇用調整助成金が適切ということになるが、多くの事業者をスピーディに支援するためには、別の手段で行うべきであったと思う。
元々の雇用調整助成金を何とか活用しようとする結果、現制度に様々な「特例」を設ける必要が生じてしまい、制度をかえって複雑化してしまっている現象が起きている。次に、その課題を見る。
現在の雇用調整助成金の課題
現在、コロナウィルスの蔓延拡大防止により、多くの企業・家庭で多くの犠牲を強いられている。その影響には多少の差こそあれ、すべての業種・地域に及んでおり、短期間で一気に問題が表面化したという点では使用者に打てる手がなかったことを考えると、雇用調整助成金で対応すること自体に無理があると筆者は考える。とはいうものの、現在の政策上は他の支援策が政府から出される気配はなく、この雇用調整助成金をいかに有効に活用するかは使用者側の判断にゆだねられている。
そこで、この雇用調整助成金が直面している大きな課題2つを整理する
制度の見直しや変更により複雑化した流れ
この助成金は、2009年のリーマンショック時や2011年の東日本大震災の時も活用されていた。ただ今回は地域的・業種的な広がりから、そのインパクトは全く違う。そこで、政府・厚生労働省はこの助成金について3月以降、「緊急措置」や「特例」を設けることで、もともとの制度よりも条件の緩和や助成率の拡充を度々行ってきた。このことによって助成金のパターンが複雑化することとなった。
元々この助成金には、受給要件に大きな違いはなく、大企業であるか中小企業家であるかによって助成率に違い(1/2支給か2/3支給)があるのみで、パターンは少なかった。
3月に緊急対応として、コロナウィルスの影響を受ける事業主を対象に、受給できる要件が緩和された。
「過去6か月以内に解雇している事実があれば受給できない」・「雇用保険加入6か月未満の労働者は対象にならない」等という要件等が外され、生産指数(売り上げの下落幅等)の要件等も緩和された。
この緊急対応は当初地域を限定して(北海道など外出自粛要請があった地域のみ)適用されたが、政府による緊急事態宣言が出された4月以降は全国に適用されることとなった。
さらに、助成率の見直しも何度か行われ、中小企業では、解雇をしたことがある場合は4/5、解雇したことが無ければ9/10という区分が設けられたり、1年以内に創業しているなどの場合で前年比比較ができないときはさらなる要件緩和の特例が出るなど、ケースによって要件・助成率にいくつものパターンが出され、4月下旬には「助成率10割」のケースも打ち出されている。
現在の助成率のパターン
現在、中小企業であれば状況や条件によって、助成率が8割支給のケース、9割支給のケースと10割のケースがある。さらに、同じ10割支給であっても、休業手当が平均賃金の6割を超える部分にだけが10割助成となるケースと支払った休業手当全体の10割助成のケースとに分かれる。
かように、今は多くのケースが登場している。さらに言えば、それぞれの受給要件の緩和や助成率の拡充措置が何度も行われた結果、申請を行うタイミングによって受給できる金額に違いが出ている。典型例が、10割負担の話しである。この話は4月中旬の制度見直しによって変わったものであるが、このことについて厚生労働省は既に申請している企業には「遡って10割支給とする」と発表している。ただ、現実としては既に申請した企業、ましてや既に受給している企業の具体的な対応につては明確にされていない。
休業手当が条件によって異なるほか、10割支給は全額支給を意味しない
もう一つの課題は助成される金額そのもの話しである。政府からは、「支払った休業手当の10割を支給」と説明されているため、休業手当として支払った金額と同じ金額が助成金として支給されると思っている方が多い。この認識は誤っている。ポイントは3つある。
1つ目は、そもそも10割助成の対象になるかならないかが問題である。一定の要件を満たしていない限りそもそも10割の助成はない。大企業には10割助成という制度そのものがないし、中小企業でも8割・9割・10割の3つのパターンに分かれる。
2つ目は 前述の通り、同じ「10割支給」といっても何の10割かが問題となる。企業が支払った休業手当全体の10割を助成するケースと法律上支払いが必要な6割部分までは9割支給で、6割を超える部分だけについては10割支給とするケースの2ケースあるということである。
3つ目は 1日の上限額が8330円に設定されているという点である。本日の安倍首相の会見ではついに15000円まで引き上げるとのことであった。この8330円は雇用調整助成金に限った上限金額ではないため、本来はこの雇用助成金の特例だけ上限引き上げる理屈は付かないはずであり、強い違和感を覚えるが、これについては詳細を確認する必要がある。
ただ15000円に引き上げられたとしても月額の給与が35万円を超える従業員に関しては、やはり上限を超える可能性があり、満額支給とならないケースも多く出てくると考えられる。
雇用調整助成金を利用する場合に注意しなければならないこと
繰り返しになるが、雇用調整助成金を否定するつもりは毛頭ない。
ただ、世間から指摘されているようにこの助成金での支給が現実として進んでいないのが今の状況であり、その背景はご説明の通りである。今後この制度に改正が加わるのか不透明だが、この制度を利用する場合には以下の点に注意が必要である。
実際に受給できる時期について
まず、この助成金が実際に支給されるタイミングはかなり遅くなることを覚悟しなければならない。政府は「1か月では支給できる」といっているが、その可能性は決して高いとは言えない。厚生労働省及びハローワークの職員の皆さんが一生懸命頑張っておられることに敬意を表するものの、PCR検査が伸びていないことが問題となっていることと同様、制度自体に無理があり、掛け声だけでどうにかできるものではない。
本日の会見では私が見る限り、安倍首相もついに「1か月で支給できるようにする」という発言を控えたように見えることからも状況は見えてくる。気が付けば「できませんでした」ということとなる可能性は高いといえる。その大きな理由として3つ挙げる
① 相談件数・申請件数の爆発的増加への対応
通常の雇用調整助成金の受付件数の数十倍からの相談件数になっているため、窓口が現実問題としてパンクしている。実際に相談の電話をしてもつながらない状況は発生しており、窓口での対応が追い付かない状況のため、実際に申請を受付けられるまでに相当の時間を要することが想定できる。
② 簡素化しているとはいえ提出する書類は依然多い
既にご説明の通り、元々の助成金が、「門戸を広く簡単に受給できる」ように設計されていないため、どんなに簡素化しても一定程度の煩雑さは残る。この問題は雇用調整助成金の制度を利用する限り根本的には解決されない。申請について書類の不備や添付漏れなどで書類の準備までに一定程度の時間が要することも覚悟しなければならない。
③ 制度の度重なる変更で支給要件や助成金額が多岐にわたり、確認等に手間取る
これもすでに説明の通り、もともとの雇用調整助成金の制度に対して中小企業を中心に、各企業のおかれている状況によって求められる要件が異なる(提出書類も異なる)。さらに8割・9割・10割支給と様々なパターンがあるので、それぞれの確認が求められる。このように制度にバリエーションが発生したことにより行政窓口側が確認・対応しなければならないことが圧倒的に複雑化している。
さらにことを複雑にしているのが、途中で制度変更になったことにより、既に申請が済んでいるケースへの対応も求められる。これについては「対応する」といっているものの、具体的な方法などは明確ではない。加えて、現在議論が上がっている1日の上限金額が引き上げられるようなことになり、これも遡って支給するなどといったことが発生すると収拾がつかなくなるり、気の遠くなるような確認作業が発生することは容易に想像できる。1か月はもとより、実際の支給まで数か月以上かかる可能性が充分にある。
支給額が想定しているものを下回る場合がある
助成率で説明しているが、「10割助成」といっても「何の10割か」が異なることになる。また現時点では8330円の上限がある。(本日の発表では15000円に引き上げる予定とのことだがいつから有効なのかは確認が必要)
こうしたことから必ずしも支払った休業手当がそのまま助成金として支給されない可能性がある。
使用者は何をしなければならないのか
残念ながら、この雇用調整助成金に大幅で根本的な制度改革がなされなければ、期待している支給のタイミングや金額が大幅に狂うこともありうる。政府による「この雇用調整助成金をうまく使って従業員に休業手当を支払ってください」というメッセージは慎重に検討し、特に急ぎの資金ニーズがある場合には特別融資など他の手段での対応も検討されることを勧めたい。
結論と今後取り上げるテーマ
今回は雇用調整助成金がどこまで有効なのかを取り上げた、使用者が注意すべきポイントは整理できたと考える。冒頭では、コロナ対策に関連する注目度の高い人事労務の課題を取り上げるとしたが、残る1回では雇用契約等を解除する場合の留意点(特に非正規雇用に焦点を絞る)を取り上げたい。
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