パワハラ防止法で変わる労災認定② 逆転認定
令和3年9月
令和2年の国会で改正労働施策推進法(通称「パワハラ防止法」)が成立した。ご承知の通り大企業では2年6月からこのパワハラ防止法が施行されている。一方で、中小企業は令和4年4月1日から施行されそれまでは努力義務となっているが事実上動き出している。また、厚生労働省はパワハラとなる具体的な行為などを示した指針を発表している。
このパワハラ防止法とパワハラ指針が具体的に影響を及ぼす可能性を取り上げたニュース2つに注目する。その第二弾がパワハラによる労災認定を取り上げる。
第一弾としてはソジハラを取り上げたが、興味のある方はこちらをクリックください。
事案の概要
トヨタ自動車に勤務の当時40歳だった男性社員が2010年に自殺した。遺族は過密な業務と上司によるパワハラがあったことでうつ病を発症したことが自殺の原因だったとして労災を申請したが、労働基準監督署は「業務上の疾病に起因しない」として労災を認定しなかった。
この判断を不服とした遺族は提訴したが、2020年7月の名古屋地裁判決は監督署の判断を支持。「業務内容や上司からの叱責が男性に与えた心理的負荷の程度が強度であったということができない」とていた。
遺族はこれを不服として控訴したところ、今回の名古屋高裁では地裁の判断を逆転させ労災を認める結果となった。
パワハラの内容
訴状によれば、自殺した男性は2008年4月頃より新車種の生産ラインの立ち上げ業務に中心的な役割として携わり、このころから上司による叱責が繰り返されるようになったという。2009年10月頃にはうつ病を発症し2010年1月に自殺したという。
報道によれば、プロジェクトの進捗具合について報告を頻繁に求められ、資料を提出しても『これではだめだ』と大きな声で言われるなど、1週間に一度は叱責されていたという。また、別の上司からも1年にわたり2週間に一度ほど叱責され、他の人がデスクワークをしている中で「さらし者」のような時もあったとされている。
地裁ではこうした上司からの叱責は「強度」の心理的負荷になっていないとの判断だったが、名古屋高裁では自殺した男性の上司らによる言動を再度確認・検討することとした。
検討の結果「同僚の面前における大声での威圧的な叱責であり、社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃だった」と判断し、この叱責が2008年の年末ごろから反復継続されていることから心理的負荷の強度を『強』と判断した。結果として、こうしたパワハラの行為により、業務と自殺との間に相当の因果関係があるとして労災を認定した。
精神障害の労災認定基準
令和2年6月から施行される改正労働施策総合推進法(中小企業は2022年4月から適用)に平仄をあわせて厚生労働省は2020年6月に精神障害の労災認定基準を見直している。内容としては、心理的負荷の評価表を明確化・具体化したというものであり、より具体的にどのようなケースで心理的負荷がそれぞれ『弱』・『中』・『強』になるのかということをより明確にするというものであるが、新認定基準では「パワハラ」があったケースも明示している。
詳細は厚生労働省が公表しているが、パワハラに係る部分について厚生労働省は簡単なリーフレットを公表しているので、ご覧になりたい方はこちらをクリックしてください。
この新基準では、上司から受ける身体的・精神的攻撃と同僚から受ける攻撃とを分けて、それぞれ弱・中・強の具体例を示している。ここで心理的機負荷が『強』と判断される場合は労災の認定に直結するが、弱や中であっても複数の要因が合わさることで労災認定となる場合が増えると考えられる。
今般の高裁判断
今回の高裁判断は2020年の新基準を適用したことが注目に値する。地裁の段階では新基準を踏まえての判断は行わなかったが、高裁では新基準に照らした判断をしている。前記リーフレットでも確認頂けるが、「上司が行った行為」であり、「他の労働者の面前における大声での威圧的叱責」これが繰り返し行われていたとしたら心理的負荷は『強』と判断されてもやむを得ないといえる。
さらに言えば、今回の判断を受けて実際のパワハラ行為が新基準適用前に行なわれたものであっても、今後労災認定される可能性もあることに留意しなければならない。
パワハラの行為類型
厚生労働省は以前からパワハラの典型的な行動パターンとして「6つの行為類型」を公表している。ご存じの方も多いと思うが、それらは、「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」である。詳細は厚生労働省の発表等を参照いただきたい。
今回改正された心理的負荷評価表では身体的攻撃と精神的攻撃をより具体的に取り上げているが、このほかの4つの累計にも十分注意が必要といえる。
企業が取るべき対応
労災が認定されることは、業務に関連して病気が発症したと監督署が認定することに他ならないため、労災認定の後に損害賠償請求など民事上の対応が必要になる場合がある。使用者としてはそのようにならない環境の整備が求められる。パワハラ防止法を受けて労働基準監督署でも労災に関する考え方が少しずつ変化しており、従来よりも労災認定されるリスクが高鳴っているといえる。
そこでまずは2つのことを徹底したい。
ハラスメント研修など教育の徹底
パワハラ防止法で企業が講ずべき措置の中に従業員への教育が含まれている。この為、各企業ではハラスメント研修を行う動きが活発化している。筆者も複数の企業から研修の依頼を受けて行っている。まずはそうしたハラスメントに関する注意喚起が重要になる。
新基準における負荷評価表では上司からの言動と同僚からの言動とでは負荷の強度も異なることから、上司に対するハラスメントについてはより徹底した教育が必要といえる。
ハラスメント対応
会社としてはハラスメントの相談体制の構築も重要になる。先の負荷評価表では内容自体が『中』程度の身体的・精神的な攻撃であっても『会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合』には『強』と判断されることが示されている。
つまりは、相談したが会社がその相談をいわば「放置」していた場合には『中』程度の事例でも労災認定される可能性が出ることになる。このため、相談に対してしっかりと対応する体制構築が求められる。
企業内研修、相談体制の構築を含めたハラスメントに関する相談は遠慮なくご連絡ください。
宍倉社会保険労務士事務所 (東京会渋谷支部所属)
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