労働問題を考える 『労働時間』-⑤ みなし労働時間制度
平成28年10月
労働時間について解説をしてまいりましたが、今回はその5回目です。前回は変形労働時間制度全般について解説してまいりました。今回は「法定労働時間」が適用されないケースとして、第一回で、「(3)労働時間の管理に関して、一定程度労働者に任せている関係上、正確な時間の把握ができない、または、していない場合」としての、「みなし労働時間制度」につい解説します。
第五回 みなし労働時間制度
1.みなし労働時間制度及び裁量労働制
前回ご案内しました変形労働時間制度と同様に労働基準法32条に定められた『法定労働時間』が適用されないケースとして労働基準法に別途定めのある制度です。「みなし労働時間制度」は、労働者が業務を遂行するために「通常」必要な労働時間を踏まえて、一定の時間労働したものと「みなす」制度です。厳密に言えば、労働時間が正確に計れない場合に適用される「みなし労働時間制度」と、一定の労働時間を要する仕事に従事する場合に、効率性等の観点で実際の労働時間をどのように配分するかを各労働者に任せる「裁量労働制」の2種類に分かれます。どちらも、「この業務をしている(した)人は○○時間労働したものとしましょう」とする制度です。
2.変形労働時間制度との比較
変形労働時間制度は、「1日8時間、1週間40時間という法定労働時間の考え方を尊重しつつも、労働日による繁閑の差に対応するために、「一定期間を『平均した』労働時間が法定労働時間以内であれば、個別の労働日で法定労働時間を超えることがあっても違法とはしません」という制度でした。
これに対し、「みなし労働時間制度」、実際の労働時間が何時間だったかに関わらず、「○○時間労働したものとしましょう」という考え方に基づいております。このため、労働基準法上の規定も、労働時間をどのように計算するかという「時間計算」を定めているの労働基準法38条の2項以降に個別の規定があります。
3.具体的な制度の概要
「みなし労働時間制度」には具体的に以下の3種類の制度があります。
①事業場外みなし労働時間制度
②専門業務型裁量労働制度
②企画業務型裁量労働制度
『 事業場外のみなし労働時間制度』と他の2つの「裁量労働制度」には実は大きな違いがあります。『 事業場外のみなし労働時間制度』は、事業場外での労働のため、実際の労働時間が正確に算定できないという大前提の下、「やむを得ず」労働時間を一定のものと「みなす」というものです。これに対し、「裁量労働制度」は、労働者に労働の時間配分を「任せ」使用者はその時間配分に「口出しをしない」という大前提があります。それぞれの『大前提』は最大で最重要な要件です。
今回は、その性質の違いを鑑み、『 事業場外のみなし労働時間制度』に絞って解説し、「裁量労働制」については次回解説させて頂く予定です。
4.事業場外みなし制度の概要
『事業場外のみなし労働時間制度』を解説するために、まずは労働基準法38条の2を確認します。
第1項
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
第2項
前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。
条文にもありますが、この制度のポイントは3つです。
① 労働時間の算定が難しいときにのみ適用されるものである。⇒労働時間を算定できる場合は、算定した実際の労働時間が労働時間となり、「みなし労働時間」は適用できない。
② 原則として、その事業外労働の労働時間は所定労働時間労働したものとみなす。一部を事業場内、一部が事業場外で業務を行った場合は、事業外での労働時間を『通常必要な労働時間』事業内での労働時間を実際に労働した時間として、両方を合計した時間が1日の労働時間となる。ただし、(合計が所定労働時間に満たない場合はて所定労働時間労働したものとみなす)
③ 第一項、ただし書きの「『通常必要な労働時間』が所定労働時間を超える」場合は、その『通常必要な労働時間』が何時間であるか等を労使協定で合意し、届け出なければならない。この場合、当然ですが、協定で合意された時間が労働時間とみなされる。また、この時間が法定労働時間を越える場合は36協定の締結・届出が必要となる。
5.導入に当たっての留意点
(1)労働時間の算定
労働時間を「算定し難い」とき、とあるが、この「算定し難い」ときに該当するケースは、それほど多くない点に注意が必要です。近年、「算定し難いとき」に当たるか否かで訴訟になるケースも多いので、これに該当するかについては充分な注意が必要といえます。
具体的には、使用者の指揮監督が及ぶ場合は事業外での労働であっても対象にはなりません。また、当日の業務に関して具体的な指示を受けている場合や、随時使用者の指示を受けながら労働している場合などは、労働時間が算定できるものとして対象にはなりません。
(2)労使協定の必要性
前記、制度のポイント②にも記載しましたが、業務を遂行するために『通常必要な労働時間』が所定労働時間を超えない場合には、事業場外のみなし労働時間制の適用には、法律上は労使協定も要さず、特段の手続きは不要となっています。ただし、恒常的に、「事業場外みなし制度」を適用する場合は、『通常必要な労働時間』に関する考えに相違がある等、後の労使間のトラブルに発展する恐れが高いため、労使協定等の締結をしておくことが望ましいといえます。(法定労働時間以下の場合は労使協定を締結しても届出の義務はありません)。弊所では、この観点から協定を締結されることを強くお勧めしています。
(3)協定する事項
事業場外みなし制度に係る労使協定を締結する場合は、以下の事項を協定しなければなりません。
① 対象とする業務
② みなしの労働時間(事業場や職種、終日のみなしや半日のみなしの場合等、異なる場合は細かく定めることが重要)
③ 協定の有効期間
尚、②にあります「みなし労働時間」に関しては、1日についての時間数を協定することが求められております。1ヶ月や1週間の時間を協定することは認められておりません。また、複数の業務や部署でみなし労働時間の制度を導入する場合で、みなしの労働時間が異なる場合は、それぞれについてのみなし労働時間を定めることが望ましいとされております。
(3)事業場内と事業場外での労働がある場合の注意点
労働の一部を事業場内・一部を事業場外で行なう場合の1日の労働時間をどう考えるかということです。前記『4.事業場外みなし制度の概要』の②で解説していますが、事業場外の時間と事業場内の時間を合計したものを1日の労働時間とすることになります。事業場外で終日労働することを想定して、協定での「みなし労働時間」を8時間と定めている場合において、一部の業務を事業場内で行なった場合には、事業場内で実際に労働した時間に加え、事業場外の労働時間として、協定した労働時間を合計した時間が1日の労働時間となります。従って、午前中に事業場で3時間ほど業務を行なった後、午後に事業場外で業務を行った場合に、午後の労働時間は協定された8時間労働したとされるので、1日の合計労働時間は11時間となってしまいます。こうした状況を避けるためには、終日事業場外で業務を行なう場合の『みなし労働時間』と午後からのみ事業場外で業務を行なう場合の『みなし労働時間』を分けて協定することが望ましいといえます。
(4)36協定との兼ね合い
ご案内の通り、『通常必要な労働時間』が所定労働時間を超える場合は、事業場外みなし制度に関する労使協定の締結と届出が必要ですが、合意された労働時間が法定労働時間を超える場合には、当然のことながら36協定の締結・届出が別途必要になります。事業場外みなしの労使協定を締結していても、36協定を届け出たことにはなりませんので、違法残業とならないよう、注意が必要です。(届け出ている36協定が、事業場外みなし制度を適用している従業員も含めた内容であれば問題ありません)
以上、今回は事業場外みなし労働時間制度について解説しました。次回は2つの裁量労働制について解説いたします。
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