「労務裁判ニュース」 定年後の再雇用 職種変更の可否
平成28年10月
今回の『労務裁判ニュース』では、先日、名古屋高裁で行なわれた、高齢者の再雇用後の『職種』の提示のあり方に関するもので、注目に値するものと考える。
9月28日に行なわれた裁判は、本年5月の東京地裁での裁判に続き高齢者の再雇用に関して、このサイトでも取り上げるもので、再雇用後の処遇に関する、企業側の対応を考えさせられるもので、今後波紋を広げる可能性がある。
<裁判の内容及び判決>
裁判はトヨタ自動車で事務職だった男性社員が起こしたもので、定年退職後も事務職として再雇用されることを希望していたものの、会社側からは清掃業務の提示された。このことを不当とし、従事していた事務職としての地位確認と賃金の支払いを求めたものであった。一審では請求が棄却されたが、高裁では地位確認はされなかったものの、一審の判決を変更し、120万円の損害賠償を命じた。
<判決にいたる理由>
裁判長は、判決の理由として「定年後にどんな労働条件を提示するかは企業に一定の裁量がある」とした上で、全く別の職種の提示は「継続雇用の実質を欠き、通常解雇と新規採用に当たる」とした。さらに「適格性を欠くなどの事情がない限り、別の業務の提示は高年齢者雇用安定法に反する」ともした。
一審では事務職での再雇用の基準を満たしていなかったとするトヨタ側の主張が認められていたが、高裁では一転してこれを否定し、『適性を欠く』事情があったとは判断できないとして、トヨタ側の主張を認めなかったということになる。
<考察>
提示のあった職種が『清掃業』ということで、それまでの業務経験を踏まえると労働者が雇用関係継続に消極的になることが容易に想像できるものであったといえる。見方を変えると、退職させるための嫌がらせとして、わざと『清掃業』を提示したのではないか、とさえ疑われるリスクのあるものとも言える。その意味では、「これは実質的に『解雇』+『再雇用』ではないか」とする高裁の判決理由に理解できる部分もある。一方で、提示された職種が『清掃業』以外の業務であったらどうなっていたのかという疑問は残る。『清掃業』だからダメなのか、例えば、『営業』や『製造』といった主力部門であったも、本人に業務経験がない部署の提示は許されないのか。そうであれば、定年後に再雇用できる職種は極めて限定されるといえる。個人的には、高裁が主張する『適性を欠かない限り別の業務の定時は違法』とすることは少し行き過ぎの感は否めない。企業側にも人材育成等の事情もあり、同一の職種での再雇用を受け容れを前提とされることは厳しいのではないだろうか。
今回は、地位確認は認めておらず、損害賠償請求を認めたということで、事務職に再雇用することまでは求められていなかったといえるが、今後こうした判例に注目する必要である。
<今後必要になる対応>
先日の東京地裁の判決を含めて、定年後の再雇用については、まだ多くの裁判例があるとは言えない。このため、はっきりしたことはいえないが、今回の判決を受けて、定年後の再雇用をどのようにするか、どのような条件で再雇用するかについては、『再雇用後にどのような職種を提示するか』を含め、注意が一層必要となったことは明らかである。使用者側からすれば、制度変更により、これまでは定年により雇用契約が終了していた従業員を65歳まで雇用しなければならなくなった。「何らかの雇用が確保できればよい」という考えで具体的にどのような職種で再雇用するのかということまで、考えが至っていないケースが多いのではないだろうか。
同じ職種での再雇用が基本となると、企業側にも一定の工夫が必要となる。定年前の一定時期までに他職種への転向を計画し、育成プログラムを計画的に実行する。或いは、「定年後に同じ職種で再雇用するための基準」等を整備するなどの対応を検討せざるを得ないといえる。
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