管理監督者性について考える②
平成29年6月
管理監督者性について考える2回目である。前回は『管理監督者』が何かを簡単に解説したが、今回はそのリスクと正しく定めるコツについて触れたい。
1.会社にとってのリスク
前回の投稿の最後で触れたが、会社にとってのリスクは『管理監督者』でない従業員を『管理監督者』として扱ってしまうことです。『管理監督者』であれば労働基準法の労働時間や休憩・休日の適用を受けないので割増賃金の支払義務は発生しない。『管理監督者』だと思っていた従業員が、実は『管理監督者』に該当しないとなると、支払っていなかった割増賃金の支払いをしなければなりません。
(1)どれだけの負担となるのか?
賃金債権の消滅時効は2年です。過去2年分の未払い賃金が遡って請求される可能性があります。
具体的に計算してみましょう。例えば、基本給が毎月35万円の従業員の場合、時給のイメージがおおよそ2,000円になります。この従業員が仮に毎日2時間程度の時間外労働を月に20日ほど行っていた場合には、毎月10万円程度の未払い賃金が発生することになります。2年間遡れば240万円が未払いということになります。
加えて、民事裁判の場合には裁判所から最大で未払い額と同額の『付加金』支払いが命じられる場合もあり、この例では合計500万円に近い金額となるリスクがあります。たった一人の従業員が訴訟を起こした場合でも大きな負担となります。さらに、前回簡単に解説したお弁当チェーン会社の事案でもわかるとおり、こうした問題の場合、1人の従業員にとどまらず同じ立場の従業員が同じような行動に出ることがあり、合計すると莫大な負担となるリスクがあります。
(2)従業員が民事上の訴えをしなくてもリスクがある
前述の例は、従業員が訴訟をした場合の話です。経営者によっては『ウチにはそのような従業員はいないよ』と考えている方も多くいると思いますが、労基署の臨検を受けた場合に、万が一『管理監督者』ではない従業員を『管理監督者』として扱っていた場合には、このことが指摘され、是正勧告を受ける可能性があります。行政は、この『管理監督者』を重要テーマと考えているので、この点については目を光らせています。充分に注意すべきと思います。是正勧告を受けると未払い賃金の支払いを命じられます。裁判所のように付加金の支払いは命じられませんが、対象となる従業員全員に対する未払い賃金の支払義務が発生しますので、大きな金額となる可能性があります。
2.問題の所在
問題は、『管理監督者』である従業員について、特段『管理監督者』であるかどうかを登録したり、届け出たりする必要性がないということです。一見気軽なのですが、事前にチェックする方法がないので、結果として『管理監督者』ではない従業員を『管理監督者』と認識して労務管理を行い、賃金計算し、後になって、実は『管理監督者』ではないと判明して遡って未払いの賃金に対する支払義務を負うことになってしまう場合があります。
注意しなければならないのは、『管理監督者』=管理職ではないということです。『管理監督者』と管理職はまったく別のものです。『部長』や『課長』といった役職についているから、『役職手当』を支給しているから、という外形的な理由で『管理監督者』判断するのは非常に危険ということになります。
3.管理監督者を正しく定めるコツ
前回の投稿の最後に『管理監督者』の3つの要素について触れました。これを少し掘り下げ、どのような人が『管理監督者』となるか改めて確認します。
① 経営者と一体的な立場
一般的に経営の一端を任されているイメージです。会社で行われる経営会議を始めとする意思決定の場に参加していることは求められます。そのような会議に参加していない、経営上重要な決定事項に自分の意思表示をすることがない従業員は『管理監督者』とはいえないでしょう。また、もう一つの要素として人員計画の策定にかかわっている場合や採用の決定権を始めとした人事権があることも判断材料とされています。
② 勤務時間について厳格な制限を受けない
『管理監督者』といえども、使用者は安全配慮義務は負いますので、どの程度働いているかといった労働時間の把握は行わなければなりません。ただ、その結果として、欠勤や遅刻・早退する場合には事前に許可を得るよう求めていたり、そうしたことがあった場合に欠勤した時間分の控除をしている場合は『管理監督者』とはいえないとされています。
③ その地位にふさわしい待遇
これはお金の話です。『管理監督者』といえるだけの報酬をもらっていますか?という話です。『管理監督者』ではない他の一般社員と比べて高い報酬でない場合は『管理監督者』とはいえないとされています。これには社内の他者との比較のみならず、同業他社や同地域の他者との比較がなされることがあります。
これら以外にも、当該従業員にはどのような権限が与えられているのか、どのような責任があるのかという点を含めた総合的な判断で決まります。
<最後に>
『管理監督者』に該当するかの判断についての基準はご説明しましたが、『誰が見てもわかる明確な基準』はありません。様々な要素を総合的に勘案するということになります。それだけに裁判所にしても労働基準監督署にしても、『明らかに『管理監督者』には該当しない』と判断できない限り、なかなか『管理監督者』ではないと言い切れません。会社としては単に『部長』や『課長』といった肩書きだからという以外に充分に検討した上で、『管理監督者』といえるかどうか整理し、しっかりと理論武装することが必要です。逆に、それが出来ない従業員を『管理監督者』とすることはリスクが高いといわざるを得ません。
管理監督者に該当するか否かの判断は個別性が強い問題です。該当するか否か、該当しないリスクを軽減するためにどうすればよいかといった具体的な相談は弊所までお気軽にお尋ね下さい。
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