裁判例から学ぶー定年退職後の処遇・最高裁初の判断示す(長澤運輸事件)
平成30年06月
6月1日、注目の高かった最高裁での判決が2つ行なわれた。少し視点が違うも、何れも労働契約法20条違反を訴えるもので、最高裁として初めて一定の判断を示すものとして注目を集めていた。
2つの最高裁見解は何れも大変重要なもので、それぞれについて簡単にまとめてご案内します。先日同一労働同一賃金を争点としたハマキョウレックス事件については解説したので、今回は、長澤運輸事件について解説する。
裁判の概要
裁判の経緯
当該裁判は定年退職した正社員が、定年退職後に嘱託社員として継続して雇用された事案。被告会社である長澤運輸は運送会社であり、今回訴えを起こした社員3名はいずれもそこで勤務するバラセメントタンク車(バラ車)を運転するドライバー。3名は、定年退職後に嘱託社員となったが、嘱託社員となった後も引続きバラ車の運転業務に従事していた。
今回の訴訟は、定年の前と後で行なっている業務が全く同じであるにもかかわらず、賃金が2割程度下がっていることが労働契約法20条違反しているとして訴えたもの。
地裁と高裁の判断
本裁判は一審では、2割の賃金が下がったことは20条違反と判断し、原告の考えを認めた。一方、高裁では2割程度の減額は広く行なわれていろことと、長澤運輸が嘱託乗務員の賃金差を縮める努力をした(後述)こと等から、一転して2割前後の減額は直ちに不合理とはいえないとの判断を示していた。
詳細にご興味のある方は地裁・高裁判決時に小職が行った書き込みをご覧下さい。
地裁判決時の書き込みはこちら
高裁判決時の書き込みはこちら
最高裁の判断
判断のポイント
最高裁は今回の判断のポイントとして、後の裁判に影響しうる幾つかの興味深い考え方を示している。
その①-定年退職後の有期労働契約に対する考え方
定年退職後の有期雇用契約の場合は定年の制度の趣旨を鑑みる必要があり、不合理かどうかの判断に当たっては労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮すべきである。
最高裁の判決では定年の制度について具体的に触れている。そこでは定年の制度を「組織の適正化と賃金コストの抑制する為の制度であり、定年後に嘱託社員となった有期雇用労働者も定年までは無期雇用労働者としての賃金を受けてきたものであることも考慮すべき」としている。その意味では、同じ職場で同じ仕事をする無期雇用労働者と有期雇用労働者を比較するのと同じように比較するべきではないという考え方を示しているといえる。
その②-個々の賃金項目について
全体として賃金が低下しているかどうかということだけを見るのではなく、個々の賃金項目における労働条件の相違が不合理かどうかを判断しなければならない。
つまり、全体の賃金(年収ベースの賃金)を単に比較するのではなく、賃金の項目ごとに検討をして不合理かどうかを判断する必要がある。単に全体で2割ほど下がっていたという理由だけで不合理と結論付けるべきではない。
最高裁としての最終判断
詳細は実際の判決文を確認いただきたいが、全体としては東京高裁の判決を支持した内容であった。最高裁の判決のポイントを私なりに分析すると以下のポイントとなる。
(1)定年退職後の嘱託社員であることの総合的考慮
定年制度の趣旨に鑑み定年後に嘱託社員となった従業員の待遇について合理的かどうかは様々な要因を総合的に考えなければならない。
(2)嘱託社員の労働条件改善努力
被告会社は労働組合との折衝を重ね、嘱託社員の処遇に関して待遇差を縮める努力をした。
組合と交渉の結果、基本給の見直しや調整給の支給等処遇の改善が行なわれた上で最終的な雇用条件が決定している。正社員に支給される能率給・職務給に代わるものとして支給される歩合給がある。基本給だけを見ると正社員時代より上がっているので、能率給・職務給がないことが不合理とは言えない。
結果として正社員の「基本給+能率給+職務給」と嘱託社員の「基本給+歩合給」を比較すると月次に支給される賃金は10%程度(2%~12%)の減額にとどまっている。
(3)年収ベースの賃金は退職前の79%程度となることが想定されること。
(4)賞与不支給の判断
全体を見ると年収のが下がった大きな要因として賞与が支給されないことがあったといえる。この賞与については、賞与の支給が多様な趣旨を含み支給されるというもの。定年退職後の嘱託社員であり、定年退職に当たって退職金の支給を受けていることや老齢厚生年金の支給を受けることが予定される上に、それまでは調整給が支払われる。これらを考えて、賞与が支給されないことが不合理とはいえない。
これらを総合的に考えた時に、仮に、正社員の時と職務内容が同一だったとしても、労働契約法20条でいう不合理ではない。というのが今般の最高裁の結論だった。ただし、個別の手当の中での精勤手当の不支給は不合理とした上で、精勤手当によって計算される時間外手当の部分については高裁に差し戻した。
判決から学ぶべきこと
今回の裁判は、定年退職後に嘱託社員として再雇用をしている多くの企業にとって心配な材料だったと考える。最高裁として定年退職後に一定程度の賃金の引下げが行われること自体はありうることであると認めた格好で、ホッとした使用者も多いのではないかと思う。
その一方で、以下2つの点について充分留意してこの判決を見る必要がある。
定年退職後賃金が下がることを無条件で容認したわけではない
定年退職後の賃金については『その他の事情』も考慮した総合的な判断が必要とした上で、今回のケースに関しては2割程度の賃金の低下であっても不合理ではないと判断している。つまり、どの様な場合でも2割程度までの低下が許容されると考えることは間違いであると考える。あくまでも個別の賃金項目を考慮した結果として今回のケースでは不合理ではなかったという判断にいたったことを理解しなければならない。あくまでも、個別の賃金項目ごとに不合理かどうかを判断する点は明確に示された。従って、場合によっては、全体としての下げ幅が2割に満たない場合でも賃金項目によって不合理と判断されるケースがあると考えるべきである。
定年退職者については一定の措置が取られている事が評価された
今回もう一つ注目すべきは、定年退職時に退職金が支払われ、かつ、間もなく厚生年金の支給が開始されること、さらに支給開始まで調整手当が支払われることが総合的に考慮されとことに注目すべきである。こうした総合判断の中で、一時的に賃金が下がることは定年の制度の趣旨から不合理ではないとされた。類似のケースで、退職金制度のない会社の場合や調整手当がない場合等の考え方についてはまだ明らかな方向が示されたとはいえない。
今後に向けて注意しなければならないこと
今回の判決で明確にされたのは、定年退職後の有期労働契約と正社員時代の無期雇用契約を単純に比較することができない点、或いは、正社員であったときの賃金から一定程度の賃金の低下があることは一般的であり、それだけをもって不合理とはいえない点といえる。その点では重要な判断が示されたといえる。その一方で、どの程度の賃金低下までを不合理ではないとするのか(どの程度下がったら不合理となるのか)については『その他の事情』を考慮する・賃金項目ごとに判断するという考え方を示すにとどまり、はっきりとした線引きは示されていない。従って、今回の事案であった「2割程度の低下までが容認された」と単純に解釈するのはリスクが高いといえる。
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