コロナ感染対応 事業縮小に伴う従業員の解雇 留意点を抑える
令和2年4月
コロナウィルスの感染拡大が収まらず、政府による緊急事態宣言に続き、小池東京都知事が「ステイホーム週間」の宣言を行い、何とか感染拡大防止に向けた対策が打たれている。
一方、今月注目を集めたのが、とあるリムジン・タクシー会社が従業員を突然一斉解雇したというニュースであった。本件は先週24日に同社社長が解雇撤回を表明したことで一応の決着がついた格好になるが、コロナウィルスの問題が長期化すれば実際に従業員の整理を行わなければならない使用者も多く出ることが予想される。
そこで、今回は、この解雇を振り返り、どこに問題があったのか、整理解雇を余儀なくされた場合に使用者はどうすべきなのかについて解説する。
事案の概要
4月8日、東京のタクシー会社が突如グループ会社を含めた従業員600人を全員解雇することを明らかにした。コロナウィルスの感染拡大で既にタクシーの利用客が激減している中、前日の7日に政府が緊急事態宣言を発令したことでさらなる業績低迷が不可避と判断したための対応と会社社長が説明していた。
同社長は、「このままでは営業売り上げに響き、歩合給制で支払われる各ドライバーの給料も大幅に下がることが見込まれる。休業手当を支払うよりも、今解雇して、業績が悪化する前の賃金をベースに支給されるいわゆる失業保険をもらった方が従業員にとってもよいはず」と独自の理論を展開した。
一方、従業員は順次解雇の通知を受けたのであったが、いずれも突然の通知で当然納得はできず、15日に70代の男性運転手が東京地裁に地位確認と賃金支払いを求める仮処分を起こしたことを皮切りに続々と運転手が同様の申し立てをした。
こうした流れを受けて4月24日に会社側は団体交渉の場で解雇撤回の意向を伝えたとされている。
解雇と整理解雇
どこに問題があったかを検証する前に、まず解雇について基本的な事項を確認する。解雇とは使用者と労働者の間で成立している雇用契約を、使用者側が一方的に解消することをいう。
基本的には使用者に与えられた人事権の一つと考えられいるため、労働基準法などでは一部例外(産前産後休業中・業務上の傷病による休業中の解雇は違法)を除いて解雇に対する制限はない。
ただし、日本では労働者を保護する観点から、簡単に解雇することは認められておらず、「それ相応の理由」が必要とされている。その「それ相応の理由」がなければ民事上の裁判で解雇が無効とされる場合が多いのは周知のとおりである。
現在の法律上、労働契約法(16条)で、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」としている。
このように解雇は使用者側の人事権ではあるものの、「相応の理由」がなければ後に無効とされる可能性を含んでいる。問題は、「相応の理由」として認められるものはどういうものかということである。
整理解雇について
まず、ひとくちに解雇といっても、大きくは、普通解雇・懲戒解雇・整理解雇の3種類に分けられている。そして、前記の「相応の理由」がどの程度のものかは、解雇の種類によって異なる。ただ、それぞれの解雇に求められる「相応の理由」についてはこれまでの裁判例などで一定程度確立している。
いわゆるリストラ、今回でいえばコロナウィルスの影響で業績が悪化しての解雇は整理解雇に分類される。その整理解雇についての相応の理由については「整理解雇の4要素」という判断基準が確立されている。以前小職が行った整理解雇に関する書き込みがあるので興味ある方は参照されたい。ここをクリック
ただし、以前は「4要件」とされており、4つのいずれかが欠けても整理解雇は認められないという解釈があったが、現在は「すべてが揃っていなくても整理解雇は成立する」という考えの下、一般的には「4要素」とされている点ご理解いただきたい。
整理解雇の4要素
さて、整理解雇の4要素とは以下の4つである。
1.人員整理の必要性、2.解雇回避努力の実行 3.被解雇者選定の合理性 4.解雇手続きの妥当性
今回のタクシー会社で問題があった点は2と4である。この2つについてはいずれも整理解雇を実際に行なう前段階でしっかり準備が必要であったにもかかわらず、使用者は明らかにその手順を怠っていたといえる。このため、仮にこのまま解雇を強行していたら裁判で厳しい結果となったと予測できる。
では、この2つの要素に絞って内容を確認する。
解雇回避努力とは
解雇回避努力とは、解雇を避けるべき様々な努力をしたのか?ということである。解雇は労働者との雇用契約を使用者が一方的に解消するため、労働者に与える影響は甚大である。当然「最終手段」であるべきとの考えから、手を尽くした結果、他にどうしようもなかったといえるまでの使用者側の努力が求められることになる。
余談だが、現在コロナ感染拡大の影響による、休業手当を「払うべきか・払う必要がないのか」が大きな論争となっている。この議論にも同じように「回避努力」が問われることとなるので、この解雇回避努力は一定の参考になるといえる。⇒近日取り上げ予定
では、具体的にどのようのことをすれば解雇回避努力を実行したといえるのか?
具体的には役員報酬の減額や労働時間の削減(ワークシェアリング等で一人当たりの労働時間を削減)、希望退職者の募集、新規採用の中止、非正規雇用の雇い止め、といったものが挙げられる。つまり、解雇者を出さないようにするために、賃金をカットしたり、労働時間を減らしたりする努力が必要。また、人員削減するにしても、解雇の前に、減らせる人員を減らす行動をとったかどうかということがポイント。
解雇手続きの妥当性とは
解雇手続きの妥当性とは、整理解雇しなければならない状況について、従業員とどのように向き合い、話し合いをしたかという点である。整理解雇しなければならない状況下では、当然に経営が厳しい状況でもあるので、時間的な余裕は少ないともいえる。ただ、解雇される従業員にとっての影響を考えると、真摯な姿勢で従業員と向き合うことが大切といえる。具体的には労働組合(組合がなければ従業員の皆さん)と話し合いを繰り返し状況を打開する努力が求められる。これにより、従業員側にも一定の納得感、一定の準備時間が与えられることになる。
使用者は何を学ぶべきか
今回注目したタクシー会社のケースで、報道されている範囲では、解雇回避努力を一切してこなかったと考えられる。また労働組合や従業員との話し合いを持たず、突然解雇を通知した。こうした経緯から解雇は無効とされる可能性が極めて高かったといえる。では、使用者は何をすべきなのかを改めて整理する。
使用者が心掛けるべき準備
まず、労働組合を始め従業員との協議を積極的に持つことが必要である。現在のコロナウィルス対策でも注目されている通り、解雇の前には休業させるかどうか、シフトを組み替えたり、労働時間を削減したりすることで会社全体でどう対応するかを検討することが第一歩といえる。さらに、それでも対応しきれない場合は、新規採用のストップ、有期雇用の雇い止め等を行った上で、まだ足りない場合は早期退職の募集などを行った後に、最終手段として整理解雇を行うことが認められる。
また、実際に整理解雇を行う段階では、今回は触れなかった4要素のうちの3番目の被解雇者選定についても十分な検討が求められる。整理解雇だからといって誰を解雇してもよいということにはならない。
しっかりとした基準を設ける必要がある。例えば、業績が厳しい特定の部署に所属する従業員を解雇するケース、勤続年数や人事評価を判断基準とするケース、様々な基準が考えられるがこうした基準を明確にしなければならない。
最後に
仮に業績が厳しく、整理解雇がやむを得ない場合であっても、必要なステップは多くあることをご理解いただく必要がある。解雇を避ける努力は当然必要だが、万が一の場合は上記のプロセスを充分理解の上、適切に対応いただきたい。
宍倉社会保険労務士事務所
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