労働裁判から学ぶ 大阪医科大学事件 同一労働同一賃金における賞与の支給を解説
令和2年10月
10月中旬は同一労働同一賃金にとって極めて重要な司法判断が示されている。
13日は契約社員に対する賞与の支給の有無が不合理な待遇差にあたるか争った大阪医科大学事件、契約社員に対する退職金支給の有無が不合理な待遇差となるか争ったメトロコマース事件。
15日は日本郵便の従業員が訴訟を起こした3件(東京・大阪・福岡)の事件についてまとまった判断が示された。それぞれの事件について最高裁が下す判断を順次解説する。
第2弾の本投稿では、大阪医科大学事件の判断を解説する。
地裁・高裁が同一労働同一賃金上どう判断したか
本件は、大阪医科大学(現大阪医科薬科大学)の女性職員が正社員には支給される賞与がアルバイト社員であった自身には支給されないことなどが労働契約法20違反となるとして訴えたもの。
最高裁での争点は賞与の不支給のほか夏期特別休暇、私傷病による休職の扱いについて3点であった。
地裁および高裁の判断内容
一審の東京地裁は「正社員の雇用を確保する動機付け」として正社員とアルバイトに違いを設けることには一定の合理性があるという判断を示した。これによって、賞与が支給されないことも含め、原告が訴えた格差についていずれも不合理とはしなかった。つまり被告側の主張が通ったことになる。
この地裁判決を受けてて平成31年2月に高裁の判決が下されたが、今回最高裁で争点となった項目についてそれぞれ確認する。
<賞与について>
高裁は賞与について、正社員に支給されている賞与は大阪医科大学の業績や従業員の年齢に関係なく基本給のみに連動していることに着目し、このことから、賞与はその算定期間に在籍し、就労していたことへの対価としての性質を持つと整理した。さらに算定期間に在籍・就労することへの対価であるとすれば、フルタイムのアルバイト職員に対し全く賞与を支給しないことは不合理と結論付けた。
その上で、具体的な支給水準として、契約社員には正社員の80%の賞与が支給されることを踏まえ、フルタイムアルバイトにも正社員の60%を下回る水準の支給は不合理とした。
<私傷病の欠勤について>
大阪医科大学では正職員に対して私傷病による欠勤期間中は6か月まで給料の全額、その後の休職期間に対しても一定の賃金(標準給与の20%)を支払う制度としている。
高裁は、この制度は長期にわたり継続して就労したこと、将来にわたって就労することへの期待から、生活保障を図る趣旨で支給されている、と整理した。
フルタイムで勤務し、その契約が更新されているアルバイト職員であれば、同様にその生活保障の必要があることは否定しがたいとした上で、フルタイムアルバイトにも一定の給与支払い(欠勤中の賃金1か月分と休職給2か月分)があるべきと判断した。
<夏期特別休暇について>
夏期特別休暇については、支給する趣旨が夏期期間中は疲労が蓄積しやすく、そうした疲労を蓄積させないために正職員に対しては特別休暇を有給で付与しているとした上で、フルタイムで勤務している場合はアルバイトであっても正職員と同様に疲労が蓄積されると考えられることから、アルバイト職員であってもフルタイム勤務する場合には夏期特別休暇を与えるべきとの判断を示した。
この3つの待遇についてはいずれも地裁の判断を否定することになった。
高裁判断についての詳細は以前投稿しております。内容をこちらから確認ください。
最高裁は同一労働同一賃金の観点でどう判断したか
同一労働同一賃金を判断する重要事実の整理
最高裁は3つの待遇が不合理かどうか判断するにあたり、以下の事実を確認した。
① 正職員とアルバイト職員との職務の違い
正職員の職務は多岐にわたり、中には責任の大きい職務もあったが、アルバイト職員の職務は定型的で簡易なものに限られていた。以前は正職員が定型的で簡易な業務を担当することはあったが、平成11年ごろから段階的に正職員からアルバイト職員に置き換えていった。
その結果、正職員とアルバイト職員が共通する業務を行うことは一部であるが、正職員が就く業務は、職務の性質からアルバイト職員では対応できない、正職員を配置する必要があると判断される業務となっている。
② アルバイト職員の雇用期間
規程上、アルバイト職員の雇用期間は1年以内とされている。更新をすることは可能だが、更新があっても上限は5年までと定められていた。
③ 配置転換
正職員には出向や配置転換の可能性があり、原告が勤務していた同じ時期の2年間で30名の正職員が異動の対象になった。一方のアルバイト職員は「他部門への異動を命ずることがある」となっていたものの、採用時に職務を明示して採用されているという経緯から、実際の人事異動は例外的かつ個別的だった。
④ 職種転換の制度
大阪医科大学では、アルバイト職員から契約職員、契約職員から正職員への試験による登用制度があり、毎年一定の人数が受験し、合格者も出ていた。
以下、3つの待遇の判断を整理する
賞与についての待遇差は不合理か
最高裁は、大阪医科大学の賞与は基本給に連動するが、その基本給は勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有しているという考えを示した。また、正職員については業務の難易度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われているとし、このことから、正職員の職務遂行ができる人材確保及び定着を図る目的で、正社員に対して賞与が支給されているとの判断を示した。
一方で、アルバイト職員については、一部で正職員と共通する職務はあったものの、その具体的な中身は相当程度軽易であることと判断し、職務の内容には一定の相違があるとした。
また、正職員には人事異動を命じられる可能性があったことに対して、アルバイト職員は例外的で個別の事情がある場合の除き、原則として人事異動はなかったとし、いわゆる「変更の範囲」についても一定の相違があったと結論付けた。
さらに、アルバイト職員については段階的に契約社員および正職員に職種変更できる登用制度が設けられていたことも「その他の事情」として考慮すべきとした。
結論として、賞与を支給しない待遇の差は不合理とまでいえないとした。
私傷病による欠勤時の賃金に係る待遇差は不合理か
最高裁は、私傷病により欠勤中も賃金を支給すること及び休職期間中も一定の休職給を支給する制度の目的と趣旨を正社員の雇用を維持・確保することにあると整理した。
その上で、賞与の判断同様、正職員とアルバイト職員の職務内容には一定の差があることを改めて確認した上で、さらにアルバイト職員は契約期間は契約の更新がった場合でも最長で5年にとどまり、長期雇用は前提としていないことから、雇用の維持・確保を目的とした制度の趣旨はアルバイト職員には直ちに妥当しないとの考えを示し、当該待遇差は不合理としない考えを明らかにした。
夏期特別休暇の待遇差は不合理か
最高裁は、この件については高裁の判断を支持し高裁の判断通りに損害金を支払うべきとした。
最高裁の判断を事業主はどのように人事制度に活かすべきか
今回の判断の疑問点
高裁が示した正職員の賞与に対して60%の賞与を支給すべきという考えが完全に否定されたことは筆者として少し残念に思う。この60%という水準については根拠に乏しいとは感じたが、全く支給しないことを是とすることに対しては疑問を持たざるを得ない。メトロコマースの解説でもふれたが、「職務や変更の範囲に一定の差があったとしても、待遇差は『その差に応じた』ものであるべき」との考えが同一労働同一賃金ガイドラインで示されていたことをより慎重に検討すべきと考える。
60%の支給が妥当とは思わないが、職務内容や変更の範囲に違いがあったとしても、その違いの程度に応じた賞与の支給があってもよいのではないかと考える。本件については職務の内容の相違が比較的大きなものとの印象を持ち、変更の範囲も実態上は異なることから、正職員よりも相当程度少ない賞与が妥当とは考えるが、それでも支給しないという結論は少々乱暴な気がする。
今回の最高裁の判断を人事制度に活かす
本最高裁判断を参考に、人事制度、退職金制度の構築にあたって参考にすべき点を2つ挙げる
① 有期雇用労働者の雇用契約期間に上限を設けること
これまでの裁判で私傷病休職時の扱いについては、休職等の期間についての待遇差は容認するが、有給・無給の差は容認されない傾向にあったと考える。(第3弾で解説する日本郵便事件では契約社員の休職を無給とすることを不合理とした)
本件では、職務内容や変更の範囲の違いに加え、アルバイト職員は最長でも5年の契約と定められており、当該アルバイト職員の在籍期間が欠勤期間を含めても3年にとどまっていたことで、雇用が長期に及んでいたとは言えないとし、無給とすることは不合理ではないとの結論を導いた。
日本郵便事件と違い、この契約期間の上限を5年としていたことは大きく影響をしたと考える。
他の待遇においても「長期雇用」を前提としているかどうかは重要な論点になるため、そうした定めの導入は重要といえる。(ただし、定めだけではなく、実際に定めに沿った運用が求められる)
② 正社員登用制度を設けること
本裁判でも示されたが、同一労働同一賃金の裁判ではこれまでも同様の考えが示されているが、地位の固定がなく、契約社員から正社員になることなどを可能とする職種転換の制度が設けられていることが待遇差が不合理かどうかの判断に影響することが明らかでる。
契約社員と正社員との待遇差が不合理と判断されないためにもこうした転換制度を設け、契約社員が正社員になることができる道を開くことは重要と考える。
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