労働問題を考える 『労働時間』-⑥ 裁量労働制
平成28年10月
労働時間に関する解説。今回はその第6回です。前回「事業場外みなし労働制」について解説しました。今回は「裁量労働制」について解説します。「裁量労働制」は「事業場外みなし労働時間制」と同様、実際に労働した時間ではなく、一定の時間を定めて、その定めた時間労働したものと「みなす」制度である点では共通なのですが、「裁量労働制」は労働の仕方や時間の配分についての決定を個々の労働者に「ゆだねる」という意味で大きく性質を異にしております。
「裁量労働制」には「専門業務型」と「企画業務型」の2種類ありますが、今回はそれぞれの制度について掘り下げて解説いたします。
第六回 裁量労働制度
1.裁量労働制の必要性
労働基準法により法定労働時間として1日8時間、週40時間が定められているのは既に何度かご案内して来ました。これは「一日の仕事は原則として8時間で切り上げて、続きは翌日に回してください」ということを意味しております。ただ、実際に行う業務の中には、集中的に作業をする必要があり、「8時間」経過したからといって、そこで切り上げることが適切でないケースもあります。
特定の日や週に仕事をまとめて集中的に行う等、どのようなペース配分で業務を進めていくかといった判断を業務を遂行する本人に任せた方が効率的な業務運営が出来る場合もあります。そうした状況に対応する制度が裁量労働制となります。
具体的には、映像製作等のクリエイティブな業務を行っている場合、作品のイメージができているときは一気に仕事を進めるほうが良い作品となる場合もあり、いちいち8時間の労働で区切っていては良い仕事ができない場合があります。そうした時は、始業時刻や終業時刻、労働時間を気にせず仕事を進めることが望ましいといえます。逆に一段落した時点では業務の量を減らす等、ある程度時間のコントロールができることが理想的と考えられます。
こうした、仕事の仕方を労働者が自分でコントロールするための制度が「裁量労働制」です。
2.「専門業務型」と「企画業務型」の共通点と相違点
「裁量労働制」には、「専門業務型」と「企画業務型」の2種類ありますが、制度そのものには多くの共通点があります。従って、「制度の概要」で説明する内容は、両方の制度に共通する内容になります。一方で、2つの制度には、重要な相違点が2つあります。1つ目は、「誰(どの労働者)を対象とすることができるのか」という点で違います。2つ目は制度導入の手続きや届出の点です。「専門業務型」に比べ「企画業務型」の方が導入時の手続きやその後の管理面で要求されるものが多い点に違いがあります。それぞれの点についてひとつずつ説明させて頂きます。
3.制度の概要
(1)裁量労働制はどのような制度なのか
専門業務型裁量労働制に関して定めている労働基準法38条の3、第1項の1の一部を抜粋します。
「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難~」とあります。また、 企画業務型裁量労働制に関して定めのある、労働基準法38条の4、第1項の1にも同様の定めがあります。「業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため~」。
どちらの制度も、その業務を遂行する労働者に「その遂行の方法をゆだねる」ことが前提となっております。具体的には以下の2点が制度の概要といえます。
① 使用者が業務の遂行方法を労働者にゆだねること。
② 労使間で合意した「みなし労働時間」を労働者の1日の労働時間と「みなす」。
(2)労働時間を「みなす」とはどういうことなのか
『専門業務型』、『企画業務型』ともに、あらかじめ「定めた時間労働したものと「みなす」」とされています。これは、実際の労働時間が何時間であったとしても、その日の労働時間は定めてある「みなし労働時間」とするということです。「みなし労働時間」を8時間として合意している場合、1時間だけしか仕事をしなかった日も、10時間仕事をした日も、どちらの日も、8時間仕事をしたことになります。「裁量労働制」を採用した場合は、対象となる労働者は、実際に何時間働いたとしても、労使間で合意している「みなし労働時間」を労働したものとする。これが「裁量労働制」です。
4.対象となりうる労働者についての整理
「裁量労働制」では、誰でも制度の対象としても良いということはなく、対象となる労働者は限定されます。それぞれ対象になりうる労働者に関する定めがありますので、ここでそれを整理します。
(1)専門業務型
専門業務型にについては「専門業務」に該当する業務を行なっている労働者が対象となります。この「専門業務」については労働基準法施行規則第24条2の2第2号に個別具体的に列挙されております。列挙されている業務以外の業務は認められておらず、いわゆる「限定列挙」の形で定められているため、該当するかどうかははっきりしています。それでも、該当するかどうか微妙な場合には弊所にお問い合わせいただくか、各労働基準監督署で確認することをお勧めします。
(2)企画業務型
労働基準法には「企画・立案・調査・及び分析の業務」という記載しかないため、「『企画業務』さえしていれば、広い範囲の労働者に適用できるのではないか」といった勘違いがされやすいのですが、そうではありません。平成11年の大臣告示による「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」(以下、指針)にかなり具体的な内容が示されております。
簡単に解説すると、基本的には「対象事業場」で「対象業務」を行う業務を遂行する労働者がのみが対象になります。また、「対象労働者」には「対象業務」を遂行するための知識や経験を有する必要があり、その知識や経験が無ければ「対象となる労働者」には該当しません。従って、業務経験の少ない新人は対象にならない可能性が高いといえます。指針には「対象事業場」がどのような事業場なのか、「対象業務」がどのような業務なのか等について、具体的な例示も含めて詳細に示されておりますので、ご確認いただくのが良いかと思います。繰り返しですが、「対象事業場」で「対象業務」を行う知識や経験を有しているもののみが「対象労働者」となりうるのです。
尚、実際には次の「手続き面」で説明の通り、労使委員会で「対象業務」や「対象労働者」の範囲を決議する必要があります。
5.手続き面
導入の手続き等については企画業務型の方が、手続上の要求水準が高いことをご記憶ください。ここでは、まず「専門業務型裁量労働制」にかかる手続きを解説し、「企画業務型裁量労働制」に関しては専門業務型の手続きとの違いを中心に整理していきます。
(1)専門業務型の手続き
「専門業務型裁量労働制」に関しては、以下の内容を定める労使協定を締結して届出する必要があります。
① 対象業務と業務遂行のための「みなし労働時間」
② 業務遂行の手段・時間配分の決定に関して使用者が具体的な指示をしないこと
③ 対象従業員の健康福祉確保措置を使用者が講ずること
④ 対象従業員の苦情処理の措置を使用者が講ずること
尚、上記③及び④に関して講じた措置の記録は保存しなければならない
(2)企画業務型の手続き
決議する項目に関しては、専門業務型に類似するものは多いのですが、決定的に違うのは、労使協定の合意ではなく、「労使委員会の決議」が必要であるということです。労使委員会は労働者側と使用者側双方の委員による対等の委員会で、そこでの決議には委員の5分の4以上の多数による決議が必要です。このため、ハードルはかなり高くなります。尚、この決議とともに、決議書を届け出る必要が前提になります。決議が必要な項目は以下の通りです。専門業務型と比べ新たな項目は赤字で表示しています。
① 対象業務と対象労働者と業務遂行のためのみなし労働時間
② 対象従業員の健康福祉確保措置を使用者が講ずること
③ 対象従業員の苦情処理の措置を使用者が講ずること
④ 制度の適用を受ける労働者からは個別に同意を得なければならないこと
専門業務型と比べて、専門業務型の②「使用者が具体的な指示をしないこと」は要件に含まれておらず、一方、対象労働者と労働者からは個別に同意を得なければならないことを決議しなければなりません。
尚、上記②~④に関して講じた措置及び本人の同意の記録は専門業務型と同様に保存しなければならない。
6.制度上の留意点
(1)みなしの労働時間の定め方についての留意点
① 実態に即した労働時間を定める
「みなす」労働時間は実際に「業務遂行するためには、実際にそのくらいの労働時間が必要ですね」という時間でなければなりません。つまり「みなし労働時間」は、平均して「みなし労働時間」を働いた場合に遂行できる程度の業務量を前提としており、実態と乖離した「みなし労働時間」を定めることは認められていません。
② 労働時間は1日の労働時間でなければならない
定めるのは、あくまでも1日あたりの時間です。1週間当たりや1ヶ月あたりの時間を定めることはできません。
③ 「みなし労働時間」と「法定労働時間」の関係
「みなし労働時間」が法定労働時間を超える場合は、当然のことながら36協定の締結・届出の手続きがなければ違法残業をさせることになります。例えば、1日の「みなし労働時間」を9時間とした場合には、1ヶ月の延長時間は(法定労働時間の8時間を越える)1時間x月間の所定労働日数となります。月の所定労働日数が23日であった場合、23時間の延長ということになります。同じ状況で、「みなし労働時間」が10時間であった場合の月間の時間外労働時間は46時間となり、限度時間を超えることになります。このように「みなし労働時間」と、結果的に発生する延長時間が限度時間を超えないことにも注意が必要です。
(2)記録の保存と有効期間
有効期間の定め
専門業務型の場合は労使協定、企画業務型の場合は労使委員会の決議、それぞれにおいて有効期間を定めることが施行規則で求められています。手続きの不備や失念により、労使協定・労使委員会の決議、それぞれにおける有効期間を過ぎているにもかかわらず、新たな協定・決議の合意されていない場合は、合意が存在しません。この合意が存在しない期間の制度適用は認められません。通常の法定労働時間での賃金精算が必要になります。
書類の保存期間
健康福祉措置を確保するための措置、苦情書類に関して講じた措置に関しては、労働者ごとに有効期間中及び有効期間満了語3年間保存することも施行規則で求められています。
(3)労働時間の適正な把握
裁量労働制を採用した場合でも労働時間を適正に把握する義務は使用者側に存在します。特に、以下2つのケースで重要になりますので簡単に解説します。
① 深夜割増しの支払義務
裁量労働制の適用を受ける労働者であっても、夜10時以降の深夜労働を行った場合は深夜割増賃金の支払義務が発生します。従って、実際に労働した時間の把握は正確な賃金支払には、必要になります。
② 安全衛生法上の使用者責任
使用者は「過重労働の防止対策」や「使用者が講ずべき措置」等で労働時間を把握する義務があります。把握していない場合には、使用者責任が問われるケースがありますので、必ず適切な管理を行うよう注意しなければなりません。
(4)有給休暇との兼ね合い
半日休暇(午前休・午後休)や時間単位の有給休暇を導入している企業は増えつつありますが、裁量労働制の適用を受けている労働者がこの半日休暇や時間休暇を取得する場合の取り扱いに関しての質問等が労働局にも多く寄せられております。この点については、実際に勘違いが多い問題ですので簡単に解説いたします。
結論から言うと、裁量労働制の適用を受けている労働者に半日休暇や時間休暇は認められません。
これまで説明いたしましたように、裁量労働制の適用を受ける労働者の場合は、実際に何時間働いたとしても、「みなし労働時間」を働いたというのが、この制度の基本中の基本です。従って、仮に午前中仕事を少しして、午後退社したとしても、その日は1日働いたことになります。この場合に、午後働かなかった時間を有給休暇とするという概念が発生しません。このため、現実的には半日休暇や時間休暇が発生する余地がないということです。この点勘違いが発生しやすいので注意が必要です。
裁量労働制は便利な制度である反面複雑な制度でもあります。正しい制度の採用に関しては気軽にお尋ね頂きたいと思います。宜しくお願いします。
宍倉社会保険労務士事務所
電話 03-6427-1120
携帯電話 090-8595-5373
メール shishikura@ks-advisory.co.jp
住所 東京都渋谷区渋谷1-17-1 TOC第2ビル802